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扱っている流体現象が非常に低密度な領域に入ってしまった場合、まだ通常の流体力学の範囲で考えていいのか、それとも分子動力学や希薄流体の力学と呼ばれるような分野の現象になっているのかは、よくよく注意しないといけない。
このときに指標となるのがクヌッセン数と呼ばれる無次元量だ。今回はクヌッセン数の紹介と、その中で用いられる平均自由行程(mean free path)の評価方法について解説する。
クヌッセン数(Knudsen Number)の定義
クヌッセン数は(1)のように定義され、λは平均自由行程(mean free path)、Lは代表長さである。
Kn=Lλ
平均自由行程は、ある分子が他の分子と衝突するまでに進む平均距離で、分子が周囲に密にあれば短く、分子が少なくスカスカであれば長くなる。
クヌッセン数はこの値と、流れの代表長さ(例えば円管流れであれば、管の直径)の比として表されており、クヌッセン数が1より十分小さければ、分子の衝突が頻繁に起こり、流れを連続的な流体として扱うことが出来る。
さて、Nを単位体積あたりの分子数とすると、分子数Nが半分になれば平均自由行程λは倍になるという関係がある。
σTλ∝N1
この式のtotal collision cross-section σTは衝突に関わる面積で、衝突に関わる分子の種類によって決まる。
直径dの同種の分子が衝突する場合は、Figure 1のように2つの分子の距離がd以下に入るような場合に衝突となるので、σTは(3)のように表される。
σT=πd2
Figure 1: Total Collision Cross-Section of Monoatomic Molecules.
つまり(2)の左辺は分子が運動することで掃く領域の体積、右辺は分子1個あたりに割り当てられた体積、というイメージだ。
これらが等しい場合が平均自由行程になるかというと、実はそうではない。なので、この間に成り立つ関係をもう少しきちんと議論していこう。
平均自由行程(Mean Free Path)
まずはある分子tに注目して、その分子が他の分子に衝突する平均頻度(mean collision rate)を求めていく。
速度viを持つような分子たちを分子iと表すことにしよう。
分子iに対する分子tの相対速度をvr=vt−viと表して、
止まった分子iたちの中を分子tが速度vrで飛んでいる状況を考えると、単位時間に分子tが掃く領域はσT∣vr∣と表される。
いま速度viを持つ分子が単位体積内にある数はΔNi個と表されるとする。
これを可能な速度分布全体に関して足し合わせてやると、単位時間当たりに衝突する分子の個数を求められる。
ν=NσTvr,whereσTvr=N1i∑ΔNiσT∣vr∣
いま分子が1種類の剛体球であれば、平均衝突頻度(mean collision rate)は次のように書いてしまってよい。
ν=NσTvr=Nπd2vr
平均自由行程(mean free path)λ[m]は分子の平均速度v′ [ms−1]を平均衝突頻度(mean collision rate)ν[s−1]でわってやればよい。
λ=νv′=N1σTvrv′
分子が1種類の剛体球の場合は次のように表される。
λ=N1πd2vrv′
平衡状態での平均自由行程(Mean Free Path)
分子が1種類の剛体球の場合について、平均自由行程の具体的な形を求めよう。
(7)で未知なのは、分子の平均速度v′と平均相対速度vrの比である。
平衡状態の分子の速度分布であるマクスウェル・ボルツマン分布(8)をもとに、これを求めていく。
dϱv=(2πkBTm)23exp[−2kBTm(u2+v2+w2)]dudvdw
平均相対速度(Mean Relative Velocity), vr
分子1と分子2に関して、平均速度vmと相対速度vrを次のように定義しておく。
m1v1+m2v2=(m1+m2)vm
vr=v1−v2
ある相対速度vrが現れる確率は、v1の現れる確率とv2の現れる確率の積で現される。
これに相対速度の大きさ∣vr∣をかけて、分子1と分子2の速度分布全体で積分してやれば、相対速度(の大きさ)の平均が得られる。
vr=∫−∞∞∫−∞∞∣vr∣{(2πkBTm1)23exp[−2kBTm1∣v1∣2]}×{(2πkBTm2)23exp[−2kBTm2∣v2∣2]}dv1dv2=(2πkBT)3(m1m2)23∫−∞∞∫−∞∞∣vr∣exp[2kBT−(m1∣v1∣2+m2∣v2∣2)]dv1dv2
これを計算するために、積分変数をv1=(u1,v1,w1),v2=(u2,v2,w2)から、vr=(ur,vr,wr),vm=(um,vm,wm)に変換したい。
そのためには変換のためのヤコビアンを知る必要がある。
まず(9), (10)をもとに、v1,v2をvr,vmで書き表しておく。
v1=m1+m2m2vr+vm
v2=−m1+m2m1vr+vm
以下ちまちま余因子展開しているが、結果ヤコビアンは1である。
∂(ur,vr,wr,um,vm,wm)∂(u1,v1,w1,u2,v2,w2)=∂ur∂u1⋮∂ur∂w2⋯ ⋯∂wm∂u1⋮∂wm∂w2=m1+m2m200−m1+m2m1000m1+m2m200−m1+m2m1000m1+m2m200−m1+m2m1100100010010001001=m1+m2m2m1+m2m200−m1+m2m100m1+m2m200−m1+m2m1001001001001001+m1+m2m10m1+m2m20−m1+m2m1000m1+m2m20−m1+m2m1100000101000101=(m1+m2m2)2m1+m2m200−m1+m2m1010000101001+(m1+m2)2m1m20m1+m2m20−m1+m2m1001010000101−(m1+m2)2m1m20m1+m2m20−m1+m2m1100000100101+(m1+m2m1)200m1+m2m2−m1+m2m1100001000011=(m1+m2m2)3100010001+(m1+m2)3m1m22010001100−(m1+m2)3m1m22010100001+(m1+m2)3m12m2001100010+(m1+m2)3m1m22100010001−(m1+m2)3m12m2100001010+(m1+m2)3m12m2100010001+(m1+m2m1)3100010001=(m1+m2)3m23+(m1+m2)3m1m22+(m1+m2)3m1m22+(m1+m2)3m12m2+(m1+m2)3m1m22+(m1+m2)3m12m2+(m1+m2)3m12m2+(m1+m2)3m13=1
もうひとつ、以下の変換も確認しておこう。ちなみにmrは古典力学で出てくる換算質量(reduced mass)と呼ばれる量である。
m1v12+m2v22=(m1+m2)2m1m22vr2+m1+m2m1m2vr⋅vm+m1vm2+(m1+m2)2m12m2vr2−m1+m2m1m2vr⋅vm+m2vm2=mrvr2+(m1+m2)vm2,wheremr=m1+m2m1m2
これで、(11)は次のように書き換えられる。
vr=(2πkBT)3(m1m2)23∫−∞∞∫−∞∞∣vr∣exp[2kBT−(mr∣vr∣2+(m1+m2)∣vm∣2)]dvrdvm
積分は (ur,vr,wr) および (um,vm,wm)に関する速度分布全体にわたって行う必要がある。
いま、被積分関数は ∣vr∣ および ∣vm∣ の関数であるため、極座標系を用いることで計算を簡略化できる。
urvrwr=∣vr∣sinθcosφ∣vr∣sinθsinφ∣vr∣cosθdurdvrdwr=∣vr∣2sinθ d∣vr∣dθdφ
umvmwm=∣vm∣sinθcosφ∣vm∣sinθsinφ∣vm∣cosθdumdvmdwm=∣vm∣2sinθ d∣vm∣dθdφ
vr=π(kBT)32(m1m2)23∫0∞∫0∞∣vr∣3∣vm∣2exp[2kBT−(mr∣vr∣2+(m1+m2)∣vm∣2)]d∣vr∣d∣vm∣=π(kBT)32(m1m2)23∫0∞∣vr∣3exp[2kBT−mr∣vr∣2]d∣vr∣×∫0∞∣vm∣2exp[2kBT−(m1+m2)∣vm∣2]d∣vm∣
(20)のvr,vmそれぞれの積分は、ガンマ関数を使って評価することができる。
Γ(x)=∫0∞e−ttx−1dt
∫0∞x3exp(−α2x2)dx=∫0∞α2Xexp(−X)2α2dX=2α4Γ(2)=2α41whereX=α2x2,dX=2α2xdx
∫0∞x2exp(−α2x2)dx=∫0∞αX1/2exp(−X)2α2dX=2α3Γ(23)=4α3πwhereX=α2x2,dX=2α2xdx
(22)および(23)を用いると、(20)の結果は次のように表される。
vr=π(kBT)32(m1m2)23mr22(kBT)24π(m1+m2)23(2kBT)23=π2(mr2kBT)21
いま、分子1と分子2が同じ質量mを持つ場合を考えると、換算質量(reduced mass)はmr=m/2と表される。
このとき、平均相対速度は次のように表される。
vr=πm16kBT
平均速度(Mean Velocity), v′
分子の平均速度も同様の手順で評価できる。
v′=∫−∞∞∣v∣(2πkBTm)23exp[−2kBTm∣v∣2]dudvdw=∫0∞∣v∣3(2πkBTm)23exp[−2kBTm∣v∣2]d∣v∣∫02πdφ∫0πsinθdθ=4π(2πkBTm)23∫0∞∣v∣3exp[−2kBTm∣v∣2]d∣v∣
(22)を用いると、分子の平均速度は次のように表される。
v′=4π(2πkBTm)23m22kB2T2=πm8kBT
まとめ
かなり長い手順となったが、平均相対速度vrおよび平均速度v′を(25), (27)のように評価することができた。
これらの結果(7)に代入すると、平均自由行程は次のように表される。
λ=2σTN1=2πd2N1
得られた結果をクヌッセン数の定義(1)に代入してやれば、クヌッセン数の具体的な求め方が分かる。
変形には理想気体の状態方程式PV=NkBT(Nは分子の個数)を用いている。
Kn=Lλ=2πd2NL1=2πd2PLkBT
Reference
- G.A. Bird “Molecular Gas Dynamics and the Direct Simulation of Gas Flows”, Oxford University Press, 1994.